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東京地方裁判所 平成4年(ワ)22485号 判決

原告

市原榮

右訴訟代理人弁護士

鎌田正聰

古谷菊次

被告

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

櫻井孝

被告

佐藤裕司

右両名訴訟代理人弁護士

山近道宣

矢作健太郎

内田智

中村敏夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して六〇〇〇万円及びこれに対する平成二年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、銀行から保険料を借り入れて終身型一時払変額保険に加入した原告が、変額保険への加入及び保険料の借入れは、被告第一生命保険相互会社の保険外務員である被告佐藤裕司の違法な勧誘によるもので、保険加入後も右保険外務員が、リスク等を説明しなかったために解約が遅れたと主張し、右銀行に対する借入債務から解約返戻金を控除した額について不法行為に基づく損害賠償請求(保険外務員に対しては民法七〇九条、保険会社に対しては同法七一五条)として、また、右保険契約はその要素に錯誤があり無効であると主張し、払込保険料と解約返戻金との差額について追加的に不当利得に基づく返還請求として、被告らに対し、損害又は損失の内金六〇〇〇万円の支払を請求した事案である。なお、付帯請求の起算日は、右借入日の翌日である。

一  争いのない事実等

1  被告第一生命保険相互会社(以下「被告会社」という。)は、生命保険事業等を業とする会社であり、被告佐藤裕司(以下「被告佐藤」という。)は、被告会社神田支社の神田第二支部特別営業主任であり、昭和六一年一〇月一日、変額保険販売資格者として、生命保険協会に登録した者である(乙一七)。

2  原告は、平成二年二月ころ、原告の妻である訴外市原三千子(以下「訴外三千子」という。)の知合いで、被告会社に勤務する訴外馬場カネ(以下「訴外馬場」という。)から、被告佐藤を紹介され、同人から保険の勧誘を受けて、同年六月一日、被告会社との間で以下の内容の保険契約(申込日は、(一)の契約が同年五月二四日、(二)の契約が同年四月一三日である。)を締結した(以下、(一)及び(二)の契約を合わせて「本件変額保険契約」といい、(一)及び(二)の保険を合わせて「本件変額保険」という。)(乙四、同六)。

(一) 保険の種類 変額・終身・一時払

契約者     原告

被保険者    原告

保険料     七〇〇〇万円

基本保険金 一億〇七三一万円

(二) 保険の種類 変額・終身・一時払

契約者     原告

被保険者    訴外三千子

保険料     三〇〇〇万円

基本保険金 一億一〇一三万円

3  原告は、本件変額保険の保険料支払のために、同年五月二五日、訴外株式会社富士銀行(以下「訴外富士銀行」という。)から、一億二〇〇〇万円を借り入れ、訴外株式会社富士銀クレジットとの間で、右借入れについて保証委託契約を締結し、同社のために、原告所有のマンションに極度額一億六五〇〇万円の根抵当権を設定した。そして、右同日、右借入金のうち一億円を本件変額保険の保険料として被告会社に支払った(甲六の一及び二、同八、同二五)。

4  平成四年九月二二日、原告は、被告会社に対し、本件変額保険契約の解約をし、同月二五日、本件変額保険契約の解約返戻金合計六七一九万七〇一四円から、原告が同年六月に被告会社から契約者貸付制度の利用により借り入れた残金一八二〇万九五九〇円を控除した額である四八九八万七四二四円を受け取った。右金員は、訴外富士銀行の原告口座に振り込まれ、前項の借入金の返済に充当された。

二  争点

1  被告佐藤の本件変額保険契約の勧誘行為等は不法行為にあたるか。

(原告の主張)

(一) 被告佐藤は、原告が本件変額保険に加入するに際して、保険の設計書の明示や契約のしおりの交付をせず、変額保険の内容についても何も説明しなかった。また、被告佐藤は、銀行からの借入れについても、借入金の額、利息、返済方法及び担保等について全く説明せずに、単に「相続税対策に良い保険がある。任せて下さい。大丈夫です。」とのみ言って勧誘し、保険申込書等の書類についても、金額や保険の種類の記載のないものに署名、押印させたため、原告としては、通常の定額保険に加入する意思で、しかも、保険料は、一〇〇〇万円程度を考えており、保険会社が保険料を株式等に運用し、利益があればプラスになるが、運用が失敗すればマイナスになるようなハイリスク、ハイリターンの保険であるとは知らず、また、高額の借入れをする意思もなかった。

(二) 変額保険は、その運用実績が九パーセントの場合でも一五年で相続税対策としての効果がなくなる上、平成二年になって株価が下落し、元の株価まで戻ることはおよそ考え難い状況にあって、本件変額保険契約締結当時の運用実績も九パーセントを下回っており、今後とも九パーセントを下回るだけでなくマイナスになることも明白な状況であったのであるから、そのような状況下にあっては、被告佐藤は、変額保険を販売するにあたって、原告に対し、当時の運用実績を知らせる義務があるのに、当時の運用実績を知らないためにそれを説明せず、あるいは、過去の良いときの運用実績を示して、本件変額保険契約を締結させた。

(三) しかも、平成三年五月ころ、本件変額保険契約について疑問に思った原告から問合せがあった際も、被告佐藤は、「大丈夫です。任せなさい。」としか言わずに、その時点でも、変額保険の問題点やリスク等を説明せずに、契約の解除をさせなかった。

(四) 被告佐藤の以上の行為は、詐欺的行為であって、不法行為にあたり、被告佐藤は、民法七〇九条により、被告会社は、同法七一五条の使用者責任により、原告の被った損害を賠償する責任を負う。

(被告の主張)

被告佐藤は、本件変額保険契約の締結に際して、原告に対し、設計書を示し、契約のしおりも交付しており、本件変額保険の内容についても、払込保険料のうち一定額を株式等により運用し、その運用実績によって、死亡保険金額や解約返戻金が変動すること、死亡保険金は最低保証されているが、解約返戻金は最低保証がないことなどを説明している。また、銀行からの借入れについては、被告佐藤、訴外富士銀行御茶の水支店の渉外課課長代理の訴外前川隆介(以下「訴外前川」という。)及び原告が同席した際に、訴外前川が、借入額、利息、返済方法、担保等について説明しているのであって、原告は、これらのことを十分知りながら本件変額保険契約を締結したのであるから、被告佐藤の本件変額保険契約の勧誘行為等は不法行為にあたらない。

2  本件変額保険契約締結の意思表示に要素の錯誤があるか。

(原告の主張)

(一) 被告佐藤は、本件変額保険の内容について全く説明しなかったため、原告は、通常の定額保険に加入する意思で、しかも、保険料も一〇〇〇万円程度を考えていたのであって、保険会社が保険料を株式等に運用し、利益があればプラスになるが、運用が失敗すればマイナスになるようなハイリスク、ハイリターンの保険であるとは知らなかったのであるから、原告の本件変額保険契約締結の意思表示には要素の錯誤がある。

(二) また、被告佐藤は、当時の運用実績を示さずに勧誘しているが、その当時は、株価が下落して運用実績が低下しており、今後とも運用実績は上がらずにかえってマイナスになることも明白な状況であり、本件変額保険が相続税対策として効果のないことは明らかであったから、当時の運用実績を知らずに相続税対策としてなした原告の本件変額保険契約締結の意思表示には要素の錯誤があるといえる。

3  損害又は損失

(原告の主張)

原告は、前記の被告佐藤の違法な勧誘行為によって、本件変額保険契約を締結し、その保険料支払のために、平成二年五月二五日、訴外富士銀行から一億二〇〇〇万円を借り入れ、その借入利息は、平成六年一二月末までに総額三七二〇万一八四四円となっている。したがって、右借入金元本及び利息から本件変額保険の解約返戻金六七一九万七〇一四円を控除した残額が、被告佐藤の違法な勧誘行為と相当因果関係にある損害である。

また、前記の要素の錯誤により、原告は、本件変額保険の保険料一億円から右解約返戻金を控除した残額の損失を被った。

第三  争点に対する判断

一  被告佐藤の本件変額保険契約の勧誘行為等は不法行為にあたるか。

1  変額保険の内容

証拠(甲三の一及び二、同一五、同一九、同二一ないし二四、乙一、同一六並びに弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 変額保険は、日本経済の長期的発展の展望の下に、インフレヘッジの要素を含みながら、経済成長に伴う資産運用の成果を契約者に直接還元するための保険商品として、昭和四五年ころから検討されてきたが、昭和六一年七月に大蔵省の認可を得て、同年一〇月一日からその販売が開始された。

(二) 変額保険は、保険会社が、保険契約者から支払われる保険料のうちの一定額を「特別勘定」として株式や債券等の有価証券により運用し、その運用実績に応じて、死亡・高度障害保険金や解約返戻金が変動するところに特徴がある。すなわち、運用実績が良ければ、それに応じて死亡・高度障害保険金や解約返戻金も上がるが、逆に、運用実績が悪ければ、死亡・高度障害保険金や解約返戻金も下がるものである。ただし、死亡・高度障害保険金については、最低保証金額の定めがあり、「基本保険金」と呼ばれている。解約返戻金については、最低保証はなく、元本割れの危険性がある。

(三) このように、変額保険は、資産運用については保険会社が担当するが、その結果については契約者の責任となるものであり、株価等の変動の成果及びリスクを契約者が負担するものであるから、変額保険の販売にあたっては、契約者に、変額保険の特徴や仕組を十分理解させることが必要であり、そのため、変額保険の販売資格について特別な制度が設けられ、変額保険を販売するには、生命保険協会の実施する試験に合格し、生命保険協会に登録することが必要とされ、また、保険募集の取締に関する法律による規制をしているほか、大蔵省の通達「変額保険募集上の留意事項について」の中で、変額保険募集上の禁止事項として、①将来の運用成績について断定的判断を提供する行為、②特別勘定運用成績について、募集人が恣意に過去の特定期間をとりあげ、それによって将来を予測する行為、③保険金額(死亡保険金の場合には最低保証を上回る金額)あるいは解約返戻金額を保証する行為が挙げられている。

2  変額保険加入にあたっての説明義務について

(一) 前記のとおり、変額保険は、通常の定額保険と異なり、資産運用のリスクを契約者に負担させるという、リスクを伴う保険商品であり、しかも、変額保険は、昭和六一年一〇月一日から販売されるようになったもので、それ以前は生命保険としては定額保険のみが存在し、平成二年当時、変額保険の仕組や特徴も周知されているとはいえないこと(弁論の全趣旨)に鑑みると、保険会社は、変額保険を販売するに際して、契約者に誤解を生じさせないよう、資産運用の結果によって、死亡保険金額や解約返戻金額が変動すること、終身型の保険については、死亡保険金は最低保証されているが、解約返戻金については最低保証がないこと等、変額保険の特徴及びそのリスクについて説明をする信義則上の義務を負うと解され、これに違反してなされた勧誘行為についは、違法と評価される場合があるというべきである。

(二) ところで、原告は、変額保険を勧誘するにあたって、保険会社は契約締結当時の運用実績を契約者に知らせる義務があると主張する。しかし、運用実績とは、ある時点を基準として、それ以前に加入した分について、その基準時点においてどのくらいの利回りがあるかを示すものであって、保険の加入時によって異なるものである。仮にその全体の平均をもって当時の運用実績と考えても、その月に加入するものは、その月以降の株価等の変動に応じて死亡保険金や解約返戻金が変動するものであるから、今までの運用実績を知ることは、変額保険加入にとって一応の参考にはなるというにすぎず、今後の株価等がどう変動するかという視点を無視して、契約締結当時の運用実績だけをとりあげて説明してもあまり意味がない。それよりも前記のとおり変額保険の特徴及びリスクについて説明を受ければ、株価等の変動に応じて死亡保険金や解約返戻金の変動することが理解できるのであるから、さらに、その当時の運用実績を知らせる義務まではないというべきである。

3  本件変額保険契約の締結及び訴え提起に至る経緯

(一) 証拠(甲一の一及び二、同二の一及び二、同六の一及び二、同八、同一三、乙一、同二、同三の一及び二、同四ないし一三、同一八、同一九、証人市原三千子、同馬場カネ、原告本人、被告佐藤本人並びに弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認定できる。

(1) 訴外馬場は、原告の妻である訴外三千子の勤務先である訴外株式会社日本経済社において被告会社の保険募集人として保険募集を行っていた関係で、訴外三千子と知り合ったが、平成元年秋ころから平成二年二月ころまでの間に、訴外三千子から相続についての相談を受け、相続税対策に良い変額保険について説明を聞きたいと言われたので、変額保険に詳しい被告佐藤を紹介することにした。

(2) 平成二年二月ころ、原告、被告佐藤、訴外馬場及び訴外三千子の四人が、銀座にある「銀座茶廊」という喫茶店で会った。被告佐藤は、あらかじめ訴外馬場から、原告の生年月日や所有しているマンションの内容も聞いており、訴外前川にその評価額を調べてもらったところ、四億五〇〇〇万円程度であったので、基本保険金額を二億円とした終身型の変額保険の「設計書」(乙二)を作り、それを持参して、原告に示しながら、変額保険の内容について説明した。右「設計書」(乙二)には、前記の基本保険金といわれるものがあり、特別勘定の運用実績に応じて保険金額が変動するが、運用実績が悪くても、基本保険金は最低保証があること、基本保険金が二億円の場合、原告と同じ大正九年八月一七日生まれの男性の一時払保険料は一億三〇四二万八〇〇〇円であること、死亡保険金及び解約返戻金については、運用実績と経過年数により変動し、運用実績が九パーセント、4.5パーセント、〇パーセントの場合に経過年数との組合わせでどのように変動するかということ、解約返戻金については、最低保証がなく、払込保険料を下回る可能性があること等の内容が記載されており、被告佐藤は、右「設計書」に従ってその内容を説明した。また、相続税対策については、銀行から借入金を起こし、遺産の評価額を減らし、相続税額の軽減を図り、原告死亡の場合には、受領する保険金で借入金を返済し、運用実績が良ければ相続税の納税もできるとの説明が行われた。その際、当時の運用実績についての説明はなかった。

(3) その後、被告佐藤は、原告に、訴外富士銀行御茶の水支店の渉外課課長代理の訴外前川を紹介した。平成二年三月上旬ころ、原告、被告佐藤及び訴外前川の三人が、渋谷にある「立田野」という喫茶店で会い、訴外前川から、銀行融資について、不動産を担保に入れて訴外富士銀行から借入れを受け、変額保険に加入するとの説明があり、その後も、右三人は四、五回会って、被告佐藤及び訴外前川は、原告に対し、銀行ローンについては「住活ローン」というローンを受けることや、変額保険の内容についてハイリスク、ハイリターンであること等の説明をした。

(4) 同年三月ころ、原告が保険審査を受け、同年四月上旬に、保険料を合計一億円、被保険者を原告と訴外三千子の二人、保険料をそれぞれ七〇〇〇万円と三〇〇〇万円とすることが決定した。同年四月一〇日に訴外三千子が保険審査を受け、同月一三日に原告が保険審査の追加告知書を提出した。右同日、原告は、被保険者を原告と訴外三千子とする二通の変額保険契約申込書(訴外三千子を被保険者とする申込書は乙六)に署名、押印し、その際、「契約のしおり」(乙一)を渡された。右「契約のしおり」には、変額保険の内容についての詳しい説明の記載がある。その後、右各申込書のうち、原告を被保険者とする申込書は破棄され、同月二四日に原告が二回目の保険審査を受け、同日、原告は、原告を被保険者とする申込書(乙四)に署名、押印した。同月二五日に訴外三千子が保険審査の追加告知書を提出し、同年六月一日付けで、本件変額保険契約が締結された。なお、右各申込書(乙四、六)に設けられた「契約のしおり」(乙一)の受領印欄には、原告の押印がある。

(5) 銀行ローン契約については、原告は、同年五月七日、訴外富士銀行御茶の水支店において、貸付極度額を一億五〇〇〇万円、借入金額を一億二〇〇〇万円とする銀行ローン契約の申込書(甲六の一、二)に署名、押印し、そのころ、右貸付が実行された。なお、その後、原告は、同支店から右貸付極度額の範囲内で融資を受けて株式を購入した。

(6) 原告は、平成三年一月から平成四年六月までに、被告会社から、本件変額保険の契約者貸付の制度を利用して金員を借り入れ、同年九月二二日の時点で、その借入残金は一八二〇万九五九〇円であった。

(7) 平成三年五月ころ、原告は、訴外富士銀行から書類が来るのに疑問を持ち、被告佐藤に問い合せたところ、被告佐藤は、運用実績が悪く元本割れしていることやその時点での解約返戻金の額を説明し、相続税対策でもあるから、長期的に考えればよいのではないかとの話した。

(8) 同年一一月ころ、訴外富士銀行の原告の担当者が訴外前川から訴外古川某に代わり、訴外富士銀行の御茶の水支店において、原告と右古川が顔を合わせた。

(9) 平成四年五月ころ、被告佐藤は、右古川から、銀行借入利息の支払のための原告の預金口座が残高不足になるので、原告から一〇〇〇万円の追加融資書類を提出してもらいたいとの連絡を受け、原告に連絡し、訴外富士銀行お茶の水支店において追加融資を受け、その後の金利の支払をどうするかについての話をしていたが、原告は、体の調子が悪くなり、途中で帰宅した。

(10) その後も、原告は、被告佐藤と右金利の支払等の話し合いをしたが、結局、まとまらず、同年九月二二日、本件変額保険契約を解約した。

(二) 原告は、本件変額保険の加入にあたって、被告佐藤は、設計書の明示や契約のしおりの交付をせず、変額保険の内容について何も説明せず、また、銀行からの借入れについても、借入金の額、利息、返済方法及び担保等について全く説明せずに、単に「相続税対策に良い保険がある。任せて下さい。大丈夫です。」とのみ言って勧誘し、変額保険申込書等の書類についても、金額や保険の種類の記載がないものに署名、押印させ、さらに、平成三年五月ころに、本件変額保険契約について疑問に思った原告から問合せがあった際も、「大丈夫です。任せなさい。」としか言わずに、その時点でも、変額保険の問題点やリスク等を説明せずに、契約の解除をさせなかったと主張し、原告本人尋問の結果及び証人市原三千子の証言中には、それに沿う部分がある。

しかし、前記認定の事実関係、殊に、訴外馬場は、原告の妻から変額保険についての説明をしてほしい旨の要請を受け、自らは契約締結に携わらずに、相続税対策としての変額保険に詳しい被告佐藤を原告に紹介したこと、前記各申込書(乙四、六)に設けられた「契約のしおり」(乙一)の受領印欄に原告の押印があること、本件変額保険契約締結前に、原告、訴外三千子、訴外馬場及び被告佐藤の四人が喫茶店で会っていること、原告は、借入金額を一億二〇〇〇万円とする銀行ローン契約の申込書(甲六の一、二)に署名、押印していること、本件変額保険契約締結後、原告は、訴外富士銀行から融資を受けて株式を購入したこと、さらに、保険の説明を聞かずに、保険の内容や払込保険料がいくらなのかも全然知らないまま、単に「良い保険である」との被告佐藤の言葉を信じ、被告佐藤に全部任せ切りにして契約したという供述、また、保険の種類、保険金及び保険料の欄が白紙の申込書に署名、押印したという供述は、その内容自体いずれも極めて不自然といわざるをえないことのほか、前記各証拠に照らすと、原告の前記主張に符合する前記各供述部分は、にわかに採用し難く、他に原告の前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4 以上の事実によれば、被告佐藤は、原告が本件変額保険に加入する際に、「設計書」(乙二)及び「契約のしおり」(乙一)を交付し、変額保険の仕組や危険性について十分に説明しており、銀行ローン契約についても、訴外前川が不動産を担保に入れて訴外富士銀行から借り入れること、その他借入額、返済方法等を説明していることが認められ、また、平成三年五月ころの原告からの問合せに対しても、被告佐藤は、運用実績が悪く元本割れをしていることやその時点での解約返戻金の額を説明し、相続税対策でもあるから、長期的に考えればよいのではないかと話しているのであって、被告佐藤の勧誘行為等に何ら違法性は認められない、加えて、前記のとおり、被告佐藤には、原告に対して、本件変額保険契約締結当時の運用実績を知らせる義務はないのみならず、その当時、株価が平成元年一二月に三万八九一五円の最高値を記録した後は、平成二年四月までに二万八〇〇〇円台まで下落しており、運用実績としても高い数値でなかったであろうことは推認できるが、その後、同年六月に三万三〇〇〇円台まで持ち直しており、その当時の予測としては、株価はその後も持ち直すであろうという見方が強かったのである(前記認定のとおり、原告は、本件変額保険契約締結後、株式を購入しているが、右事実から、その当時、原告自身、株価の変動予測について右と同様の見方をしていたことが推認できる。)から、実際は、その後、同年一〇月にかけて再び暴落し、その後は低迷状態が続いている(右株価の変動については、公知の事実である。)としても、その当時の運用実績を知らせず、また当時の予測を前提として変額保険を勧誘することも違法とは認め難い。

二  本件変額保険契約締結の意思表示に要素の錯誤があるか。

1  前記認定事実によれば、被告佐藤は、本件変額保険の勧誘にあたって、「設計書」(乙二)を示し、それに沿って、変額保険の仕組や危険性について十分に説明している上、「契約のしおり」(乙一)も交付しているのであるから、原告としても、変額保険の詳しい仕組については理解できなくても、被告佐藤の右説明、「設計書」及び「契約のしおり」によって、死亡保険金や解約返戻金は運用実績によって変動すること、死亡保険金については最低保証があるが、解約返戻金については最低保証がないこと、株価等の変動によるリスクを伴う保険商品であることは理解できたはずであり、また、原告は、本件変額保険契約締結後に契約者貸付制度を利用して、金員を借り受けていること等に鑑みると、原告は、変額保険の内容やリスクを理解して本件変額保険契約を締結したと推認できるのであって、原告は、変額保険の内容について何も知らずに、通常の定額保険契約のつもりで本件変額保険契約を締結したとする原告本人の供述及び証人市原三千子の証言はにわかに採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  なお、前記認定のとおり、被告佐藤は、本件変額保険の説明の際に、当時の運用実績について説明していないが、原告は、前記のとおり変額保険の仕組や危険性について理解していたのであるから、当時の運用実績を知らずに本件変額保険契約を締結したとしても、その意思表示に要素の錯誤があると認めることはできない。

3  したがって、原告の錯誤の主張も理由がない。

第四  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官飯田敏彦 裁判官田中治 裁判官井上直哉)

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